みなさんこんにちは、こりあゆです!
少し記事を書くのが遅くなってしまいましたが…最近我らがBLACKPINKがカムバックしましたね!そして物凄いスケジュール…カムバックして韓国での活動を少ししたかと思ったら、アメリカで本格的に活動と。
K-POPアイドルで韓国で大成功した後、アメリカでの成功を夢見てアメリカで活動したアイドルは沢山いましたが、大体が失敗し→その活動中の空白期間のせいで韓国での活動にも支障が…なんて事もよくよくあったわけですが…。
ここまでアメリカ受けが良かった韓国アーティストはBTSとBLACKPINKが歴代でもTOPレベルではないでしょうか?
おかげで最近、アメリカでの活動をしながらメンバー達がインタビューにいくつか答えているのですが、
私達ファンが知りたかった練習生時代の事を今まで知られていた事実よりすこーしだけ詳しい部分が聞けたインタビューがありました!
もうね、質問してくれた司会者さんありがとう!!
誰だかわからないけど感謝ハムニダね!!!!
英語だと結構ストレートに色々聞いたりするからでしょうかね、ちょっと踏み込んでくれたの本当にありがとうwwwwwwwwwwこういう系の話題大好物なのわしwwwwwwww
皆さんご存知の通り私は最近の事についていくのよりも過去の事を調べるのが好きなので、BLACKPINKの練習生時代の事も人並みレベルには知っていたつもりなのですが、
明かされていた事実にプラスアルファで知られてなかった(もしくは私が知らなかっただけかもしれないけれど)事を語っているインタビューだけを抜粋してあげていきたいと思います。
あ、でも韓国語ならまだしもインタビューがオール英語なので、ニュアンスが少し違う部分があったら申し訳ない…。
ではスタート!
Q.ジェニは、韓国でニュージーランドに英語留学に行ったらしいけど、何故韓国に戻ってきて、何故そこから練習生になったの?
A.10歳の時にニュージーランドに留学したが、両親は韓国にいて1人で異国で住んでいた。
そうやって14歳、15歳と過ごして、その後ジェニのお母さんはジェニをアメリカのフロリダに行かせるつもりだった。
実際にフロリダに一緒に行ってどんな所なのか、学校も見て回った。でも当時ジェニが思ったのは、「自分が何がしたいのかわからない状態で一人でフロリダに住みたくない」という事だった。
そこで何をしたいか考えた時に、自分は音楽が大好きだと思った。ダンスも習いたいと思った。
お母さんに、残りの人生は私がやりたいと思う事をして楽しみたいという事を伝えるとお母さんは応援してくれた。
ジェニがニュージーランド留学後、アメリカで進学する予定だった事は周知の事実でしたが
「フロリダ」と特定の地域を明かしてくれた事ってあまりなかったのでは(少なくとも私が知っているインタビューでは明かしてなかった)と思います!
それにしても、下の記事でも書いたように「ニュージーランドに留学する事になった理由」も正直誰もがびっくりするような理由だったわけですが(笑)
さすがジェニのお母さま…というか、ジェニ家の何がすごいかって、
既に留学中の娘を別の国への進学、移住を計画し…まあ韓国の教育ママたちならやりかねませんが
きちんと下見をしに一緒に現地に行った後になって、娘の「やっぱり行きたくない、音楽やりたい」の一言で「あらそうなの!じゃあやめましょう戻ってらっしゃい応援するわ!」となるところ。
さすがですジェニ家(笑)
ここまで教育に投資していたら、こんなに競争率が高く夢の叶う可能性の低い道を選ばせるのは渋りそうなものですが…相当信頼していたのでしょうね。
Q.ロゼはどうやってYG練習生になったの?オーストラリアでYGオーディションを受けたのか?
A. お父さんに教えてもらってオーディションの存在を知った。
私が毎晩夜の12時まで大声でピアノ弾きながら歌ってる事にうんざりして(お父さんは正直夜眠れないのがしんどかったらしいw)、韓国さっさと行って夢叶えろって事だったのかも(ジョーク)
深夜までそれだけ楽しそうに歌ってるロゼを見て、多分この子は音楽がやりたいんだろうなと思ったお父さんは「YGオーディションがあるが、受けてみる気あるか?」とロゼに聞いたそう。
でもロゼは自分にそんなオーディションを受ける資格があるのかもわからなかったし、受けていいの?それが許されるの?と思いながら受ける事にしたものの、その後両親は喧嘩。お母さんはロゼを心配して最初は反対していた。
でも結局、オーストラリアのメルボルンでオーディションを受けて合格した。
ロゼが現地のYGオーディションに父の勧めで参加し合格した事もよく知られている事ですが、お父さんが独断で勧めた事によって喧嘩になってしまっていたんですね(笑)
そらなあ…まだ若いのに心配だっただろうけど、私からしたらもうお父様グッジョブでしかないわ。
YGのオーディション、毎年場所は違うかもしれないですけど、この時はメルボルンだったんですね!
確かオーストラリアでも韓国人留学生や韓国人移住者が多い事で知られるのがメルボルンだったと思うので、なんとなく納得。
Q,練習生期間ってすごく辛いと思うけど、続けられた理由は?何が4人のモチベーションとなったのか?
A,ロゼ「夢を叶えられないままオーストラリアには帰れなかった。いつも自分との闘いだった。絶対に叶えるまで韓国を離れられないと思った」
A.ジェニ「ロゼと似てるけど…たった一夜で私達の人生が変わる事もある。毎月グループを組んでサバイバルのような事をするし(多分月末評価の事)、次の月には何人かクビになり、また三年いてもクビになる人はなるし、
そういう家に帰る事になってしまった子達を見ていたらやる気が出た。夢を叶える事だけじゃなくてただ練習生としてそこにいるだけでも難しい世界で、ただ家に帰りたくない、その気持ちだけだった」
はいよくぞ聞いてくれましたーーーー!!!(何)
夢を叶えるために頑張っている人は沢山いるけど、叶うかどうかもわからないのに毎月実力をテストされるような生活を何年も続けて、結局何も形にならない事の方が多い世界って厳しいですよね…
今華やかな舞台に立っている彼女たちは、誰も見えないところでコツコツと努力してきて認められた4人なんだなと改めて思いました。
こういう話を聞くと、私も頑張らなければと思いなおします。もちろんスケールは全然違いますけど(笑)
Qジェニは何故ラップをする事になったのか?
A.ジェニ「私がYGに入った時、英語が話せるメンバーが私しかいなかった。練習生はポップソングを歌うので(韓国の練習生は英語が出来ようが出来まいが海外の英語の楽曲カバーして練習するのが基本)、
ポップソングにはラップがあるわけで。で、ジェニはなかなかスピーディに英語が話せるから、ラップをやってみるのはどう?と言われてやってみることになった。そこからは楽しんでやった。
だから長い事歌は歌っていなくて、デビューした時に久々に歌を歌う事になった。
えええええええええええええええええええ
初耳!
これ初耳なの私だけですか??違いますよね?皆初耳ですよね?(何)
確かに前のブログ記事でも書いたように、YGがそもそも公開オーディションで練習生を採り始めたのがジェニが入社した年の2010年なので、
海外活動を既に見据えていたとはいえグローバルに活動できるようなメンバーがまだあまりいない時期だったんだろうなとも思います。
2019年今でこそ外国人がグループに1人くらいいて当たり前の時代になりましたが、ジェニが入社した頃といえば…
MissAのメンバー2人が中国人でJYPが賭けに出たとが大きく話題になった頃ですし(しかも中国人メンバー2人の活躍があまり見られず失敗説まで出ていた)
YGからはBLACKPINKでリサがデビューするまで外国人でデビューした子がいなかったわけで、リサをデビューさせる時も外国人という事でかなり悩んだと社長は言ってましたから
リスクの少ない「英語が出来る韓国人」で且つYGっぽさを持ってて何でも練習すれば出来ちゃうこんな人材をまさに欲している!ってな時期にジェニが現れたってわけです。
これも前の記事に書きましたが、
ジェニが留学してて英語が出来る事も、たまたまそんな事務所が喉から手が出る程欲しがっている韓国語ネイティブで英語がある程度出来るジェニのような人材が公開オーディションの始まった年である2010年に練習生になった事も、
もう本当に強運だな、と思います。
運と実力が伴っていて初めて夢を叶える事が出来る本当に厳しい世界ですね…。
歌をしばらく歌っていなかったというのは、フューチャリングは練習生期間中もしているので全くという事ではないと思いますが
ほとんど最初からラップの練習だったんですね~
ジェニがデビュー時に自分で「ダンス、ラップ、歌出来ない事がない」という風に言っていましたが、本当に万能。
もうただただ努力と才能に拍手です。
いかがでしたでしょうか!
前から言っていますが、私は韓国のアイドルの練習生文化が大好きで練習生生活について調べたりするのが大好きなのですが(どんな)
こうやって大成功したアーティストの練習生になる過程や練習生時代の事ってなかなか…明らかにならないので、
少しでも詳しく語ってくれたのを聞いてついまとめてしまいましたw
また他のアーティストのこういう記事も書いていきたいと思います!
それではまた次の記事でお会いしましょう~さらば!
(YouTubeも更新しています。もし良かったらこりあゆVLOGも宜しくお願いします♥)